ホーム > 西田光孝社長コラム - 熱誠征萬象

 梅雨を前に真夏のような猛暑に襲われる日が、時折訪れるようになりました。かつてはこうではなかったのにと思いながら、上着を着たり脱いだりと忙しい六月となっています。
 ところで、今回は少し沈んだお話をお許し願えればと思います。
 先日私の甥が急死しました。本当に何の前触れもなく、突然逝ってしまったのです。一報を耳にして、当初はまったく信じられませんでした。何かの間違いだろうと思ったものです。

 と言いますのも、甥っ子は当年とって41歳。ひとり娘は4歳になったばかりです。空手を愛するスポーツマンで、体躯もがっちりと頼もしいばかりの大男です。それが、まさにその空手の稽古の最中に倒れ、そのまま帰らぬ人となってしまいました。聞けば心筋梗塞に襲われ、すぐさま救急車で病院に運ばれたものの息を吹き返すことはなかったといいます。
 空手を続けているくらいですから持病など何もなく、つい数ヶ月前の健康診断でも問題なしとされたのですから、私は打ちのめされるほどの衝撃を受け、残されたお嫁さんの心持ちはどのようなものだろうと思うと、葬儀の間かける言葉も見つかりませんでした。
 さらに気の毒でならなかったのが、甥の母親である私の姉です。この甥っ子が生まれた時に、実家である私の家の小さなベッドですやすやと眠っている小さい目鼻のその顔を、飽きることなく眺めていた41年前の姉の様子が、まざまざと思い出されます。姉にとっては初めての子どもで、本当に穴が開くほどその顔を見つめていたものです。この小さな赤ん坊をめぐって私の生家は興奮状態に包まれ、なんとも嬉しい日々を過ごしたことを昨日のことのように思い出します。なにしろ私にとっても初めての身内の子どもで、生まれたばかりの赤ちゃんというのを初めて見たのが彼です。私の母に至ってはこの子が初孫であり、その喜びは格別だったはずです。
 その彼が亡くなってしまったのです。なんという無情非情でしょうか。
 人間は限られた命を生きている。そのことはわかっているのですが、何もこの彼が逝かなくてもいいのではないかと思ってしまいます。順番でいくと、叔父である私のほうが先に逝くべきです。その私が大病に襲われたりしながらも生き延びていて、あの彼があっさりと逝ってしまう。しかも41歳という若さで。
 41歳というと、人生の道のりを考えるとこれからという年齢です。子どもを育て、それまで培った技能をより磨き、次なる飛躍へ向けて挑戦を試みていかなければならない頃です。それが、そのまさに手前で突然にいなくなってしまうのです。…どういう運命のいたずらなのか、神様の考えなのか、まったくわかりません。

 優しかった甥の死には、改めていろんなことを考えさせられました。
 今日生きていても、明日生きているとは限らないのです。若くても健康でも、明日があるとは限らない。それが人間の定めなのです。
 ではどうしたらいいかというと、日々を大切に生きていく。それしかないということになります。
 われわれは日頃、自分の会社の成長や売上げのことや作業効率のことなどに振り回され、あたふたと毎日を暮らしてしまいがちですが、もっと大事なことがあるのを忘れてはならないのです。
 つまり、いま自分がここにあるということに感謝する気持ちを大事にしなければならないのです。
 そのうえで、自分にとって何がいちばん幸せなのかを常に自分自身に対して問い続け、自分の価値観に従って後悔しないように必死で日々を暮らしていくしかないのです。

 いま生きていること、もらっている命がいまここにあること。
 目の回るような忙しさのなかで、ただただ感謝し、かみしめながら、生きていこうと思います。