ホーム > 西田光孝社長コラム - 熱誠征萬象

桜の季節はいいものです。
新年度が始まって街には初々しい表情のフレッシュマンたちがあふれ、真新しい制服に身を包んだ中高生たちが通り過ぎて行くのを眺めるのも、微笑ましいものです。
われわれの業界では、数ヶ月に及んだ繁忙期が終り、ほっとしたところで新入社員たちを迎え入れることになります。緊張した面持ちの若い彼らとともに、年を取ったわれわれも生まれ変わったようなフレッシュな気分になり、これからともに頑張っていくぞとの決意を新たにします。そこに前途を祝福するかのように降りかかる桜の花びら…。
今年はそれにいつもとは異なる「奇跡」が花を添えてくれました。それは、陰鬱な問題や事件ばかりが目につく昨今の世の中にあって、それらを一掃するような力を持った出来事で、私たちに本当に大きな希望を与えてくれました。
というのは、先月行われた大相撲春場所で連続優勝を果たした新横綱、稀勢の里の逆転劇のことです。

その日、私はこの大勝負の一部始終を自宅のテレビで目の当たりにしました。
十三日目の日馬富士との一戦で負け、その際に肩の辺りを負傷してしまった新横綱の稀勢の里。ここまで全勝で来て単独トップの状況に、優勝が間違いないと皆が期待した時点での黒星。土がついたのも痛いながら、国民が心配したのはその怪我の具合いです。
休場するのだろうかとハラハラしていたところで、十四日目に登場した稀勢の里は、横綱鶴竜と取り組んであっという間に負けてしまいます。やはり相撲ができる状況ではないんだろうと、皆が肩を落として、この時点で照ノ富士13勝1敗、稀勢の里は12勝2敗です。
そうして迎えた千秋楽。稀勢の里が照ノ富士にまず勝てるわけはないだろうと誰もが諦めていたところで、なんと新横綱の勝ち。ここで13勝2敗と並んで、優勝決定戦となります。ところが、あの体でさすがに二勝は無理に違いないと皆が思っていたのに、まさかの連勝。まったく信じられないながら、怪我を押して出場した稀勢の里が優勝するという奇跡が起きてしまいました。

これには、私も、会場に詰めかけた人も、実況中継の人まで、現実のこととは思えず、信じられないの言葉を口にするばかり。それがやがて感動に変わり、胸に熱いものがこみ上げてきて、今度はよかったよかったとうなずくことしきり。本当に大相撲の長い歴史に残る、素晴らしい出来事となりました。
しかも19年間われわれが待ちに待った日本人の横綱が、やってくれたのです。それを思うと、感動がいや増します。
さらに、今まで何度も何度も挑戦してきて、あと一歩というところで届かず苦慮してきたあの稀勢の里が、横綱になった途端に人が変わったようになって望みを果たしたのだと思うと、また大きな感動に襲われます。
そんなことで興奮状態にあった私なのですが、その後に続いた本人へのインタビューで、今度は別の真実に思い至りました。
勝因を尋ねられた際に、横綱は「自分は上半身は使えないが、足腰は元気だ。では上半身ではなく、足腰で闘おうと考えた」というような趣旨のことを発言したのです。本人は「自分の力以上のものが出た。見えない力が働いた」とも語っていましたが、それは単に奇跡を起こしたということではないのだということがわかる言葉でした。
つまり、何もないところから自分の力を上回るものが出たのではなく、横綱の冷静な判断があったから大きな力が出たということなのです。上半身は使えなくても、足で振り回せば膝を痛めている照ノ富士には勝てるという自信があったから、稀勢の里は勝てたのです。この何があっても諦めない不屈の精神と、じっくりと戦術を考えられる沈着さと知性。この勝利は彼が自分からたぐり寄せたものだったのだと気づいた時、私のなかに二度目の大きな感動の嵐が吹き荒れました。

この出来事は、大きな教訓を与えてくれます。
仕事のなかにあって、不利な状況下で結果を出さなければならないことが、われわれにはしばしばです。
ダメだ、無理だ…そう思うことは容易いことですが、どんな状況にあっても、冷静な判断を行い、戦術をじっくりと組み立てていくことで、きっと困難に打ち勝っていけるのです。ハンデを背負っていても、諦めなければきっと道はあるのです。努力と熟考こそが、奇跡を呼び寄せるのです。
そんな大切なことを教えてくれた稀勢の里に感謝するとともに、この春、新しい一歩を踏み出した人、何十回目の一歩を踏み出した人、その両方に私から捧げるメッセージとしたいと思います。
「諦めるな、どんなときでもきっと道はあるから。」