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株式会社西田コーポレーションNISHIDA BLOGクレームの恐さとありがたさ

クレームの恐さとありがたさ

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クレームの恐さとありがたさ

~もう一度、我が社に寄せられるクレームについて~

 関西にある名門ホテルの総支配人が、テレビのなかで深々と頭を下げています。

 総支配人の説明では、メニューの食材表示を誤ってしまい結果的に偽装となってしまったとのことで、なんでも車エビとブラックタイガー、イクラとトビウオの卵、などを知識不足で間違えてしまったというのです。知人に聞いたところ、料理の世界ではごく当たり前のことらしいのですが、そうは言ってもひどい話で、あまりの下手な言い訳に唖然としてしまいました。

 そして考えたものです。日本の名門といわれるホテルが、そんな不誠実で稚拙なことを本当にやっていたのだろうかと。ブランドへの信頼感が心のなかで崩れ落ち、果たして日本は大丈夫だろうかという気持ちになりました。

 実は少し前から薄々気がついてはいたのです。

 近年、日本人と日本社会は長引くデフレのなかで、以前とは変わってきたのではないかと。大切なことを忘れ、日本人らしくない方向へとシフトしているように思えてなりません。

 

 そう思うようになったきっかけは、社内の情報共有ソフトを見ているときです。お客様から寄せられるクレーム報告がなにかしらの形で日々発生しているのですが、子細に見ていくと素早い対応を行っている案件に混じり、残念ながら対応が進んでいないと思われる案件も少なからずあることに気がつきます。これはどうなるんだろうと案じている間にも新しい問題が発生し、慌ただしさのなかで対応は遅れていき時間が過ぎていきます。

 そしてある日、お客様から「社長と会って話がしたい」という憤りのご連絡を頂くのです。

 これは大変遺憾なことです。ご連絡を頂いたお客様の心に渦巻くのは信頼を裏切られた大きな失望感で、この心象を変えていただくには相当の努力が必要です。

 本来、クレームを頂いたら何より真っ先に対応すべきものであるのに、そのセオリーはどこにいったのだろうか。私が問いたいのは、まさにそれです。

 

 そこで、このところの日本人は以前と同じではなくなってきたのではないかと考えるわけです。

 お客様からクレームを頂く。すると自分の力でなんとか解決しようと考え、報告せずに終わらせようとする。上司に怒られるのが嫌だから、すみませんとお客様に謝るだけで済ませようとする。コストカットの合理性を追求するが故に、クレームに誠意を持って向き合うだけの余裕を失い、それが常態化しているのではないかと不安になります。

 CS(顧客満足)の旗印のもと、どの企業もお客様の満足を第一に考えてきた時代から、コスト面などでクレーム対応を軽視する世の中へと変わってきたように思えてなりません。

 私の考えるところ、そこにあるのは仕事に対する「甘さ」ではないでしょうか。世の中を軽んじ、甘く見ているから起こることだと思います。

 そしておかしな釈明会見を行い、偽装を間違いで済ませてこの場を切り抜けようと考える。

 しかしながら、デフレが蔓延化した後ろ向きのフラストレーションが溜まり続けた社会では、過ちを犯した企業や人物に対しては容赦ない攻撃をしかけることが常となってきています。世の中がみんなでバッシングを行い、徹底的に追い詰めていく構図は、企業をあっという間に経営困難に陥れ、人を極限まで追い詰めます。

 これが現代の恐ろしいところです。

 たかがクレーム、たかが誤表示などと考えていると、企業の存在意義が危ぶまれるほど重大な問題に発展するかもしれません。

 

 当然、クレームを恐れているだけでは何にもなりません。

 お客様のクレームには、企業が成長していくための「種」が存在するということを忘れてはなりません。

 クレームをひとつずつ解決し改善の方向へと紡いでいけば、何よりも優れた業務改善となっていきます。また、早い段階でご迷惑をおかけしたことについて誠心誠意でお詫びし、全社一丸となって問題に取り組む姿勢を示すことで、お客様の心持ちが変化することもあるでしょう。

 そう考えていくと、お客様のクレームは実にありがたいものです。

 気まずい思いをしながらも、わざわざ不満の言葉を口にされたお客様のお気持ちに応えるためにも、ひとつひとつのクレームに全力で取り組んでいく決意を、ここでもう一度新たに誓いたいと思います。

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