「熱誠征萬象」ふたたび

このブログのタイトルとなっている「熱誠征萬象」の言葉については、折に触れてその由来について語ってきました。またかとお思いの方もいらっしゃるかと思いますが、いま一度この言葉についてそのエピソードを語りたいと思います。
今から30年ほど前のことですが、まだ小さな不動産会社だった当社を経営していた私のところに、戸建て売買の話しがもたらされました。早速良い条件を整えてお客様のご自宅に伺うも全く会えずの日々が続き、やっとのことで早朝にお会いすることができました。その時、お客様から「あなたも熱心だね。でも売却の件は、他のところに決めちゃったから」…早朝から待っていた私に驚いたお客様の返事はこうでした。普通ならばそこで諦めるところですが、私は「一度だけお話を聞いていただけませんか。それでダメなら諦めます」とお願いしたのです。なぜなら私にはひとつの信念があったから。お客様にとって有利で良い条件を提示すればお客様も喜ばれ、すでに話を進めている他社も納得してくれるはずだという信念です。
果たして話を聞いてくださったお客様は、他で進んでいた話をキャンセルして、こちらで契約を取り交わしてくれました。その時に書家でもあるお客様から「良い仕事をしてくれたあなたに【書】を贈りたい」と、立派な額に飾られたご本人直筆の【書】を贈ってくださいました。その文字は「熱誠征萬象」。「ねっせいばんしょうをせいす」と読み、「すべての物事は熱意と誠実をもってあたることで思いが通じる」という意味です。私の気持ちが伝わり、お客様に喜んでいただけたこと…、そして仕事とはこういうものなのだということを身をもって識ることとなりました。その後、この言葉が私の座右の銘となり今日に至っています。今でも事務所の室内には、この方からいただいた【書】を飾っています。それを見るたびに私は仕事の原点を思い出して、身を引き締める日々となっています。
さて、その「熱誠征萬象」なのですが、その理念を当社のスタッフに伝えていくことは大変難しいことです。
理論的には理解しても、具体的に「ああ、こういうことなのか」と学んでもらい実践してもらうことは至難の技です。お客様に対して担当者たちは頑張ってはくれているのだけれど、いまひとつ私の理想とする方向とは違うようで、そこに私はいつも歯がゆさを感じてしまいます。
いま、不動産業界は追い風の活況といえるのではないでしょうか。資金があふれているうえに金利も安い、さらに日銀はインフレを狙っているとあれば、ほとんどの方が不動産に注目します。アパート、マンションを手に入れたいというお客様が増えている状況のなかでは、待っていてもお客様が現われ不動産売買の業務は、ともすれば不動産とお客様とを結びつける「マッチング」の作業だけで終わってしまいがちです。その結果、大量の業務に忙殺されながらも仕事のやり甲斐や手応えが得られないという事態となり、情熱や覇気もくすんできてしまいます。
これではいけない、なんとかいい方向へグイグイと引っ張っていってくれる人材を投入しなければ…。
そう考えた私は、事業部の管理職を広く募集することにしました。
するとほどなく面白い人物が現われました。「自分は一生休むことなく泳いで過ごすマグロのごとく、常に動いていることを信条としている人間です、マグロのように働きます」…そんな自己紹介をするのです。
それが気に入って、即採用となりました。
新しく管理職となったこの人物はお客様のところに出かける部下たちに同行し、いかにこの提案が優れているかを熱弁して、迷っているお客様からはしっかり信用をいただいてきます。なかなかその気になれなかったお客様に熱心に説明を重ねて、当人が考えてもみなかったような売買のお申込みをいただいてくることもあります。それでいてお客様は深く納得し、満足げな言葉を発してくださるのです。私はこれこそ「熱誠征萬象」だと思いました。「お客様にとって利益になる」、「必ずや喜んでいただける」、そう思ったら、熱意と誠実さを持って一心にお客様と対峙する。すると、相手にもその情熱が伝わって、信頼という形でわれわれの元に戻ってきます。
不動産売買の仕事は、「待ち」の仕事のように思いがちですが、実はこうした努力の積み重ねで「創造」していくものなのです。
私たちは幸運にも多くのお客様に囲まれて、恵まれた状況にあったといえるでしょう。いわば安全な水槽のなかで泳いでいる熱帯魚のようなもので、数多くの敵が生息する大海とはいえない状況だったのです。そのなかに突如として全速力で泳ぐマグロ氏がやってきたというわけです。
これからマグロ氏に触発されたスタッフ達が、どんな活動をしていくのか、今は楽しみで仕方がないという状況です。
さらに、この動きは部門だけにとどまらず、波紋となって社内の隅々まで影響を与えつつあります。この活発な動きに触発されて、会社全体がイキイキと動き出し、フットワークが少しずつ良くなってきたように感じられます。
「熱誠征萬象」を体現してくれる人物の登場によって、この信念がスタッフの間に浸透していくのを信じて待ちたいと思います。