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コロナの孤独

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コロナの孤独

 全国感染者数約16万人、累計感染者数約1855万人、重傷者数627人、死亡220人。累計死亡約4万人。
 新型コロナウイルス感染症第7波の最中にある8月末のある日の数字です。
 これだけ感染者が多いと、いつ自分が感染してもおかしくない状況なのですが、なぜか自分だけは大丈夫だという根拠のない自信をずっと持っていました。8月上旬のある日までは...。
 突然38度の熱とせきが出て、もしやと思って発熱外来を受診すると検査の結果は陽性。お盆を前にしたある日、私もこの全国感染者数の1人にカウントされることになってしまいました。
 青天の霹靂というか、「どんなに気を付けていても感染するときはあっけなく感染してしまうもの」というのが、最初の感慨でした。



我慢の自宅待機

 感染経路というのははっきりしていて、昔ながらの友人と食事をしたときにもらってしまったようです。発熱外来で解熱剤と咳止めの薬をもらい、そこから10日間におよぶ自宅待機が始まりました。
 とはいっても私の場合、症状はごく軽く翌日には熱も引いてしまい、体は元気なのに家から一歩も外に出られないという軟禁状態がずっと続くことになりました。それにしても、この自宅待機の辛いこと。
 夏季休暇の直前だったので仕事面での影響は少なかったのですが、とにかく一日一日を指折り数えて耐え忍びました。なにしろ経営者たるもの常にスタッフたちの範となるような行動をしなければならないと考えている以上、規定を犯すことはできません。文字通り自宅に籠っての待機。2年前のステイホームの時とは比べものにならない苦しさでした。



コロナがもたらしたもの

 とにかく自分が陽性者という負い目があるものですから、籠っている間も心は陰鬱に沈んでいきます。居を共にしている家人とは決して接触しないようにすれ違い生活を決行し、食事も自室で黙々と食べました。いつも家を空けていることが多いのに、いきなり24時間在宅しているものですから、家人の心理的負担も相当なものです。そのうえに三度の食事を用意して...と、家人の苦労がわかるだけに、こちらもますます委縮してしまいます。
 まるで罪人にでもなったかのような錯覚に陥っていき、ぼんやりと高校野球を眺める日々が続きました。
 そうして魔の10日間が終わり、晴れて自由の身となったところでコロナとは別の異変に気がつくことになりました。
 自分でも驚くくらい体力が落ちていて、いつも行く近所のお店までの道のりも、歩くのがやっとという状態になっていました。これはいけないと思うのですが、なんとか元通りにと奮い立つ気力も沸いてきません。
 コロナの怖さというのは、ウイルス感染が引き起こす様々な肉体的症状が第一なのでしょうが、社会から切り離されることによってもたらされる体力、気力の低下もそのひとつだとつくづく思いました。



社会との繋がりの重要性

 イギリスには孤独省という省庁があり、その設立の根拠は社会からの孤立が、いかに人間の命を縮めるかが立証されているからだそうです。
 社会と切り離されることが、いかに辛く人の心を蝕むのか、今回はつくづく思い知らされました。
 逆に考えると、社会との関わりを持って生きていくことが、どれだけ大切で健康の源となるか改めて知るに至りました。
 年齢を考えてそろそろリタイヤを…とも考えていた私ですが、自分のためにまだまだ頑張らなければと思った次第です。
 コロナによって体力と気力がめっきりダウンしてしまいましたが、じっくり時間をかけて回復し、今月に入ってまだまだ頑張るぞというところまで戻ってきました。
 コロナを乗り越えて、罹患以前にも増してパワフルに、社会のため自分のために生きて行かなければとの思いを新たにしています。

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